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34話 偽りの偶像

Penulis: 日蔭スミレ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-05-30 14:30:53

 それから間もなく、初雪が降り始めた。

 燃え盛る炎は、次第に穏やかなものとなり、木造建築の教会は煤けた墨の骨組みと化し橙の炎を揺らしていた。

『ケルン。我はおまえに頼みがあって介入した。一つの希望を信じたい。我が使徒として生きてはくれぬか』

 厳かに言う小さな影は、転がり落ちたケルンへの供物……名を刻印された金時計を拾い上げ、それを金に輝く光の粒子へと変えると、ケルンの胸の中に押し込むように埋め込んだ。

 その光は、黒潰しの怪物から喉から注ぎ込まれたものとは違い温かだった。全身から金の光が溢れて、まるで抱擁されるような安息感に包まれる。

 まるで鼓動のよう。カチカチと規則正しい秒針の音の響き始めた最中──ケルンはこの金時計を送った人間の顔を、声を、思いを……そして自分自身を知る事になった。

「お母様にはできないわ。ごめんなさい、許して、ケルン」

 額にキスをするのは、どこか少女の面影のあるような妙齢の女だった。

 空のような青い瞳に溺れるように涙を溜め込んで、もう一度キスをする。

「そろそろ参りましょう」

 背後に控えていた女も瞳にたんまりと溜めて、悲しげな面輪で親子の離別を見つめていた。

 ……ケルン・シュナイダー。

 それが本名。能有り故に遺棄される筈だったツアール帝国の第一皇子。

 供物の金時計に携わる記憶が全て、頭と心に流れ込んで来たのだ。どうせ〝ろくでもない生い立ちだろう〟とずっと思っていたが、皇族なんて誰が想像するものか。

 生まれた時から忌まれ、嫌われて捨てられたと思っていたのに、母はこんなにも泣き、愛してくれただの思いもしなかった。

 ケルンは瞳に涙を溜め「なんだよそれ」と小さく独りごちる。

 久しく出した声は、蓄音機を隔てたようにくぐもっていた。しかし、そんな事も気にならない程に、涙は後から後へと伝い落ちる。

 クレプシドラの残滓は膝をついて座り、ケルンを宥めるように頬に伝う大粒の涙を拭い、髪を優しく撫でた。

 煩わしくて堪らない
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